musya写真:ニュース映像の一部。左の兵士が右手に刀を持っているニュース映像の一部。  台湾中部の山中、霧社という地区で1930年に起きた大規模な抗日の反乱「霧社(むしゃ)事件」直後に、現地の様子を朝日新聞社が撮影したニュース映像がこのほど見つかった。国内の研究者が保管していたもので、本社が寄贈を受けた。一般にも貸し出す予定だ。  「霧社蕃害(ばんがい)事件」(5分22秒、30年に大阪本社が制作)と題された映像は、詳しい経緯ははっきりしないが、90年代前半、台湾の戦前史研究に熱心な三田裕次さん(60)=東京都小平市=の手元に渡った。台湾の博物館から映像がないか問い合わせを受けた朝日新聞社が探していたところ、三田さんの手元にあることがわかり、このほど寄贈を受けた。  映像は「台湾総督府撮影許可」の字幕で始まり、地元民らの子弟が通う「霧社公学校」の校内などが映し出される。日本軍と地元民が対峙(たいじ)する様子もある。「警手」という警察官に採用された地元民ダッキス・ナウイ(日本名、花岡二郎)さんの妻オビン・タダオ(日本名、初子)さんの映像もある。オビンさんはその後も96年まで生き、反乱の様子を証言してきた女性として知られる。  日本統治下の台湾を動画で記録したものは珍しい。日本台湾学会理事長の春山明哲さん(63)は「(10月27日が事件だが)11月7日ごろの撮影だろうか。事件初期の軍による射撃の実写もあり、当局の宣伝意図を含め、映像として貴重だ」と話す。  この映像が各地の映画館で流れたというニュースが、当時の日刊紙「萬朝報(よろずちょうほう)」にも掲載されている。春山さんは「軍の宣伝に協力して撮影したという面は否定できない。メディアと戦争の視点からも今後、映像を詳しく分析したい」という。  問い合わせは、本社が映像の管理を委託しているテレビ朝日映像(03・3587・8165)へ。(桂禎次郎)      ◇  〈霧社事件〉 1930年10月27日、霧社のタイヤル族数百人が、日本の地元民管理への不満から地元小学校の運動場を襲撃した。この日は日本人が地元の人といっしょに運動会をしていたが、日本人130人以上が殺害された。これをきっかけに地元民が蜂起したが、軍と警察約3千人が1カ月余りで鎮圧した。